【セミナー報告】第32回日本トレーニング科学会大会

皆さんこんにちは.冨樫さんよりも先の掲載となりました川間です.

私は先日(2019年10月13日),愛知学院大学で開催された第32回日本トレーニング科学会大会に参加しました.

その名の通り,トレーニングに魅了された人々がトレーニングに関する知見を共有している学会です.学会というと「研究者」のイメージが強いかもしれませんが,選手や指導者,ドクター,トレーナー,栄養士など様々な立場からスポーツに関わる方々が参加しているのがこの学会の特色です.


学会では「現場のデータを論文公表するための留意点」という題目でセミナーが行われました.今回は,その中から興味深い講演を2つ紹介したいと思います.


1.ハイパフォーマンススポーツ分野におけるアスリートデータの取得と活用

山下 大地 先生 (国立スポーツ科学センター)


スポーツを研究する以上,現場(スポーツ実践の場;トレーニングや試合)からデータを取得することは必須です.

近年,機器の小型化,低価格化によりコーチ主動のデータ測定が多く行われています.

その中で研究者が現場のコーチと協力して分析・執筆することで現場のデータを論文として世に広めることができます.


そのためには現場のコーチと研究者が良好な関係を築くことが重要となります.


本講演は,スポーツ科学の発展・アスリートの競技力向上のために,現場のコーチと研究者はどのように協力してデータを取得・活用すれば良いのでしょうか.


(1) 現場のコーチと研究者の関係性

現場のデータを取得し論文にする際には,コーチと研究者の連携が求められます.

しかし,両者の間には以下に示すような問題点が存在します. 


a. データ取得の目的が異なる

まず,研究者は論文を書くことを目的としてデータを取得しています.

論文が雑誌に掲載されるまでには,【実験計画→倫理審査→対象者集め→データ収集→分析→論文執筆・投稿→修正→掲載…】というプロセスを踏まなければなりません.また,計画から掲載までには多くの時間を要します (半年から1年以上).


その一方で,現場のコーチは主に選手やチームが勝利することを目的としてデータを取得しています.

選手の能力値やトレーニング状況,傷害の有無などのデータをレポートとしてまとめ,選手へフィードバックすることで勝利への手助けとしています.また,研究者が論文掲載までに長期間を要するのに対して,コーチにはいかに早くデータを選手へフィードバックできるかどうかが求められます.


このように研究者とコーチはデータを取得する際の目的が異なっている場合が多いです.

研究者は論文掲載までに長期間を要するため,現場の選手へ即自的なフィードバックを行うことは難しく,コーチは現場の貴重なデータを取得しても信頼性や妥当性から論文として知見を世に提示することは困難であると言われています.


目的こそ異なっていますが,現場のデータを論文にして世に広めようとすると,両者は協力し合い上手に連携していく必要があります.


b. データ取得時の問題

①試合で取得

アスリートは試合に向けてコンディショニングを行い,自身の最高の状態でパフォーマンスを行います.そのため,試合でデータを取得することは,アスリートの最も良い状態のデータを取得できるということになります.


一方で,論文にするという観点ではできる限り,試技など環境を統制する必要があります.しかし,実際の試合中にはこれらの要因が統制されることはありません.

これが現場のデータが研究成果になりにくい理由の一つです.


②研究室で取得

研究室では試合時と比較して,試技や環境などの要因を統制しやすく,研究を目的にする上では妥当性や信頼性が高いデータと言えます.このことが,多くの実験が実際の試合ではなく研究室で実施されている理由であるかもしれません.


このように研究室で実験を行うことは論文にするためのデータを取得しやすい一方で,アスリートの真のパフォーマンスを評価できていないという問題があります.


(2) 現場と研究の理想の関わり方


現場のコーチと研究者の関係を考える際に重要なのが

“Working Fast and Working Slow”という概念です.

現場では選手の状態や環境などが日々変化していきます.そのため,データを素早くフィードバックし,その変化に適応しその都度,戦術を立案する必要があります (Working Fast).

一方で,研究者はじっくりと研究計画をデザインして,データを取得し,考察を行い,論文を執筆します.このことから明らかになった知見を世へ広めるまでには多くの時間を要します (Working Slow).


お互いのフィールドの時間の流れは異なります.

しかし,以下の図のように互いの長所を提供し合い,限界を補完し合って前進することで両者は連携していくことができます.


a. コーチ (Practitioner) にできること

・現場での課題,問題点を伝える

・現場で蓄積したデータを提供する

b. 研究者 (Researcher) にできること

・信頼性,妥当性を保つために手法や方法論を詳細に伝える

・実験で取得したデータを定期的にコーチ・選手へフィードバックする


コーチは現場のデータを選手へのフィードバックにとどめるのみではなく,研究者に提供することができます.また,研究者はSlowな環境に身を置くばかりでなく,Fastな現場の流れに少しでも近づくように努力する必要があります.このようにお互いが連携していくことで現場のデータを論文として公表するためのwin-winな関係を築いていくことができるでしょう.


2.Public dataを用いた論文執筆

保原 浩明 先生 (産業総合研究所)


一般的にスポーツ科学の分野では,実験室やフィールドで取得したデータを基に論文を執筆します.しかし,実験を行う際には高価な機材・施設を整えることや対象者を確保することなどが難しいという問題点があります.


近年,自ら実験をせずにデータを取得する方法として,ネット上や書籍で公開されているPublic dataの活用が注目されています.

「研究だからって無理に実験しなくても論文書けるんだぜ~!でも限界もたくさんあるんだぜ~!」ってことです.


(1) Public dataの利点と限界

a. 利点

①実験回避による経済的・時間的コストの削減

自ら実験を行い,データを取得するためには…

実験機材を購入し環境を整えた後,対象者を集め長期間にわたって実験を実施しなければなりません.この実施には莫大なお金や時間の消費が伴います.


しかし,Public dataを用いることで実験を行う必要がなく,経済的・時間的なコストを大幅に削減することができます.


②貴重なデータを大量に取得可能

実験というと,研究室に対象者を呼び実験を行うイメージがあると思います.

しかし現実的には,日程が合わない,トップアスリートの募集が難しい,研究室では最大限のパフォーマンスが発揮されない…などの問題点が存在します.


Public dataを活用すれば,例えば「世界陸上に出場した全選手のデータ」の様に,トップレベルの選手のデータを大量に取得することさえ可能になります.


③対象者の安全確保

スポーツ科学の研究では,対象者に何らかの運動課題を行わせデータを取得することが多いです.この際,問題となるのが実験中の怪我や急性的な病気など健康上の問題です.


しかし,Public dataは既存のデータであるため,これらの問題を避けてデータを取得することが可能です.


b. 限界

①簡単な指標しか解析できない

Public dataは実験で取得したデータと比較すると,簡単な項目しか算出できません.

例:100m走を分析する

レース動画(Public Data):ピッチ,ストライド,歩数,スピード etc.

実験:上記項目+各筋の活動量,関節にかかる力 etc.


このようにPublic dataは外的な項目を分析できるが,内的な項目を明らかにすることは難しいという限界があります.


②基になる資料・動画の信ぴょう性

一般的にPublic dataはネットの動画や書籍,資料などを基にして収集されます.

多くのデータを簡易的に取得できるものの,改ざんされている可能性があるため信ぴょう性に欠けるという限界を有しています.


③トップジャーナルへの掲載は難しい

近年,Public dataを用いて執筆された論文が複数の雑誌に掲載されています.

一方で,前途した通り信ぴょう性に欠けてしまうことからトップジャーナルへの掲載は難しいと言われています.


しかし,一概に掲載が不可能というわけではなく,信ぴょう性を確保できるように努力し,独創性をアピールすることで掲載されるかもしれません.


(2) Public dataを用いた論文執筆


a. 総説論文

Public dataを用いて論文を執筆する方法として,まず総説論文を書くことが挙げられます.総説論文とは,関連する領域の論文 (主に原著論文) を片っ端から集めて,要約したものです.

総説論文を書くことで,自分の分野がどこまで研究されていて,何がわかっていないのか整理することができます.実験や分析を行える環境にないぞ…という人は一度書いてみてはどうでしょうか.


b. 競技記録の変遷と「未来予測」

既存のデータを収集し統計にかけることで,ある種目の世界記録の変遷を整理し,将来の記録を予測することができます.

“いつ人類はフルマラソンで2時間を切ることができるのか?”

今までの世界記録の傾向から考えて,人類の2時間切りは2030-2050年頃であると予測されていました.実際には2019年キプチョゲ選手によって達成された (非公認) ように,予測と実際には多少のギャップがあります.


しかし,未来予測という斬新な視点を持つことで,インパクトのある論文を書けるのではないかと思います.

噂によれば,このような論文は主にオリンピックの直前に採択されることが多いらしいので,いつ投稿するのか?タイミングを考えることが必要かもしれませんね.


2100年,棒高跳び選手はどこまで高く跳ぶことができるのか.

誰か明らかにしてほしいところです (これ以上跳んだら死人が出てしまいそうですが…).


c. 動画解析と統計

ここで例えば100m走の動画からデータを取得するとします.

動画から手に入れることが出来そうな項目を限り考えてみてください.

例えば,100走のレース動画からは「歩数」を数えることが出来ます.

そして,それをもとに「平均ストライド」を算出することができます.

さらに,「タイム」と「歩数」から「平均ピッチ」を算出することも可能です.

その他に参加者のパーソナルに注目すると,「出身国」や「シューズの種類」など…


実は,一つの動画には多くの情報が含まれています.


このように,実験を行わずとも動画を見るだけで,貴重なデータを大量に取得することができます.また,それらのデータを統計にかけることで論文を執筆することも可能になります.


(3) Public dataの取得方法

以下のサイトや文献からPublic dataが取得可能です.

どのようなデータを取得し,どのように料理するか…選択肢は無限大です.

参考にしてみてください!


・産業技術総合研究所 

・Youtube (公式動画&高画質を推奨)

・公式競技団体の記録集&プレリリース (世界陸上の実測データ,競技のスコアシートなど)


3.まとめ

アスリートを対象に研究するには,研究室のみではなく実際のフィールドでのデータ収集も求められます.その際には研究者は現場の選手やコーチとwin-winな関係を築くことが重要であり,一つの論文として世に発信することで研究成果を現場へ還元できると思います.

また,実験により現場のデータの取得が困難な場合は,Public dataを用いることで十分に研究することが可能です.


例えば,棒高跳の跳躍動作を分析するとします.この実験を実施するには,数百万円の高価な実験機材,数ヶ月の時間や多くの実験者数が必要になります.

しかし,Youtubeなどの動画から,お金や時間をかけずに一流選手のデータを簡単に取得し分析することができます.そしてそこから,有益な発見をすることも可能なのです.大量のデータを集まれば論文を書くことでさえ可能になるかもしれません.


皆さんは以下の動画から,どのような指標を見つけることができますか…?

「助走速度」,「ポールの曲がり具合」,「抜き」,「グリップ位置」,「踏切位置」,「跳躍時間」 etc.

特別な機材,環境がなくともアイデア次第で様々なデータに触れ,それをもとに研究をすることは可能です!


今後,棒高跳をはじめSports Scienceを研究する学生の皆さんにとって

本コラムが一助となれば幸いです.


研究しましょう.研究しましょう.研究しましょう.

この世界は楽しい…はず…です.きっと.

そして,Sports Science (棒高跳界) を盛り上げていきましょう!


【参考文献】

・COUNTDOWN TO THE FIRST SUB2HR MARATHON https://www.sub2hrs.com/

・Buchheit, M. (2017). Houston, we still have a problem. International journal of sports physiology and performance, 12(8), 1111-1114.

・Coutts, A. J. (2016). Working Fast and Working Slow: The Benefits of Embedding Research in High Performance Sport. International journal of sports physiology and performance, 11(1), 1.

Boutaka Channel

「Boutaka Channel」は、全てのボウルター(棒高跳競技者)の『もっと高く跳びたい!』を叶えるために活動します! 運営:NPO法人ボウタカ

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