もうハムストリングスの肉離れはしたくない・・・効果的な予防法とは?(1)~メカニズムと要因について~
はじめまして。筑波大学大学院の川間羅聖 (かわまらき) です。
なんちゅう名前やねん…。
完全に名前負けしていることはさておき、私は学部から現在に至るまで、「筋機能」、「筋とスポーツパフォーマンスおよび傷害の関係」、「トレーニング」について研究しています。
突然ですが、皆さんは”ハムストリングスの肉離れ”を経験したことがありますか?
僕は今までにハムストリングスの肉離れを3回受傷したことがあります。
「うわ、シーズン前なのに、調子ええのに最悪や…。なんでやねん。くそぅ…。」
という思いのなか、どんどん調子を上げていくチームメイトの姿を見るのはとても辛い。
全国のpole vaulterがこのような思いをしないためにも、2回のコラムを通して”ハムストリングスの肉離れの効果的な予防法”についてお伝えします。
肉離れを予防するには以下の4つのステップを踏むことが重要になります。
① メカニズム、要因を理解する
② 自己の要因を明らかにする
③ 予防法を考える
④ 効果の検証を行う
”肉離れの効果的な予防法”の第1話として、今回はスポーツ選手に多く見られる「ハムストリングスの肉離れのメカニズムとその要因」についてお話しします。
1.メカニズム
動作を行う時、筋は中央に向かって収縮しています。しかし、同時に関節運動も起こります。
この関節運動によって筋の収縮力よりも大きな外力が筋にかかると、筋は過度に引き伸ばされて損傷・断裂してしまいます。 これを”肉離れ”と言います。
わかりにくい!という人は、一本のゴムを想像してみてください。
ゴムは両端から引き伸ばされても、元の状態に戻ろうとします。
しかし、大きな力でゴムを引っ張ると、元の状態に戻ろうとする力よりも引き伸ばす力のほうが大きくなり、ゴムはちぎれてしまいます。
このようなメカニズムによって、スプリント中やキック中におけるハムストリングスの肉離れが起きていると言われています。
2.肉離れの要因
肉離れを予防するためにはまず、「なぜ肉離れをするのか/してしまったのか」要因を明らかにし、適切に対処することが重要です。
要因には大きく分けて”変えられないもの”と”変えられるもの”の2つが存在します。
1) 変えられない要因
肉離れの要因として変えられないものは、年齢、民族性、人種です。これらに対処することは難しいですが、知識の一つとして頭の片隅に置いておいてください。
➀ 既往歴
既往歴は肉離れの最も大きな要因です。
一度肉離れを経験した人は、経験したことのない人と比較して肉離れのリスクが11.6倍も増加すると報告されています (Arnason et al., 2004)。
つまり、一度肉離れを受傷した人は再び受傷する確率がかなり高くなるのです。
肉離れの後、損傷部位の機能は著しく低下します。それに伴い、伸張性の筋力低下 (筋が引き伸ばされた状態で発揮できる筋力)や柔軟性の低下、筋委縮などが起こります。 これらが肉離れのリスクを増大させます。
しかし、エクササイズなどを適切に用いることによって肉離れの初発・再受傷の予防が可能であるといわれています。
そのため、肉離れを受傷した後は焦らずにエクササイズなどによって肉離れによって起きた機能の低下を十分に改善して、競技に復帰しましょう。
② 年齢
年齢を重ねるにつれて、肉離れのリスクは増加するといわれています。
Gabbe et al. (2006) は、24歳を境に肉離れのリスクが急増すると報告しています。これは、加齢に伴う体重の増加および筋力、筋体積の低下によるものです。
つまり、加齢自体ではなく、それに伴い肉離れの要因となる筋力、筋体積の低下が肉離れのリスクの増加と結びついているといえます。
“若返りの術”を使わない限り加齢を止めることはできませんが、トレーニングなどによって筋力と筋体積の低下を食い止めていきましょう!
③ 民族性
民族性も肉離れの要因の一つとして考えられています。
特に黒色人種は速筋線維の割合が高いこと、骨盤が過度に前傾していることから肉離れを発症しやすい人種であると言われています。黄色人種である日本人は肉離れのリスクが低い可能性がありますが、民族性からの考察には、さらなる研究が必要です。
2) 変えられる要因 肉離れの要因として変えられるものは、筋力、筋力バランス、柔軟性、疲労です。基本的に肉離れを予防するためには、ここで示している変えられる要因を改善するようなアプローチが必要です。
① 筋力
筋力が低いことは、肉離れを誘発する大きな要因です。
筋の収縮様式の中には等尺性 (筋の長さがほとんど変わらない)、短縮性 (筋が短縮しながら力を発揮する)、伸張性 (筋が引き伸ばされながら力を発揮する) 収縮の3種類があります。この中でも特に伸張性収縮時の筋力が低いことが肉離れの発生と密接に関係しています。
伸張性の筋力が低いということは外力に耐えられるだけの力が低いということです。つまり、筋が過度に伸張した結果、損傷してしまいます。
そのため、肉離れの予防のためには特に伸張性の筋力を向上させることが重要とされています。その方法については次回詳しくお話しできればと思います。
② 筋力バランス
‣ 右脚・左脚の筋力バランス
両脚間の筋力のアンバランスは、肉離れのリスクを増大させるといわれています。
陸上選手 (特に跳躍) はどちらかの脚を利き脚としている場合がほとんどです。そのため、両脚の筋力差が生まれやすい状態となります。
この状態を放置しておくと、片脚のみに負荷が集中してしまい肉離れを誘発してしまいます。また、一度肉離れを受傷してしまうと、受傷脚の筋力は低下してしまい両脚間でのアンバランスな状態をより一層助長してしまいます。
このことから、片脚のみを強化するのではなく、両脚をバランスよく強化することが重要であると言えます。
‣ ハムストリングス・大腿四頭筋の筋力バランス
大腿(太もも)の後面にハムストリングス、大腿の前面に大腿四頭筋があります。ハムストリングスが収縮する時、大腿四頭筋は活動が抑制された結果、伸張します。その逆に、大腿四頭筋が収縮する時、ハムストリングスは伸張しています。このように片方の筋が収縮しているとき、もう一方の筋の活動が抑制されることで滑らかな動きが可能となります。
しかし、大腿四頭筋に対してハムストリングスの筋力が著しく高いと、大腿四頭筋が収縮した際にハムストリングスは過度に引き伸ばされ肉離れを発症してしまいます。
大腿四頭筋は股関節屈曲や膝関節伸展に作用し、日常動作からスポーツパフォーマンス中にわたって重要な役割を果たしています。そのため、自然とハムストリングスよりも大腿四頭筋の筋力が高い状態になりやすいと考えられます。
このことから、肉離れを予防するためにもハムストリングスを強化するためのエクササイズを定期的に取り入れていきましょう。
③ 柔軟性
ハムストリングスの柔軟性の低さが肉離れにつながっているという報告が存在しています。一方で、柔軟性の低さと肉離れの関連性を否定した報告も多数存在しています。
これまでの研究や報告からは、俗にいう”身体の硬い人が肉離れになりやすい!“と断言することはできないのです。
しかし、Arnason et al. (2008) は、柔軟性トレーニングのみ実施したグループと比較して、伸張性トレーニングと柔軟性トレーニングを組み合わせて実施したグループの肉離れが起こる確率が減少したことを報告しています。
この報告からは、ストレッチングのみを行うのではなく、他のトレーニング(伸張性など)も行うことで肉離れの予防が可能になると考えられます。
④ 疲労
運動を行うと、筋は疲労します。疲労している筋は筋出力が小さくなるために、引き伸ばされる際に抵抗する力が小さくなってしまいます。
Ekstrand et al. (2010) の報告によれば、プロサッカーチームの肉離れのほとんどが練習や試合の後半で発生しています。このことから、疲労は肉離れの大きな要因であると認識されています。
これから夏に入り、合宿や強化練習を控えている人もいると思います。この期間は特に疲労が蓄積しやすい状態になります。 ハムストリングスに違和感がある時「違和感あるけど、最後までやりたいしなぁ…あと一本だけ…」と思うかもしれませんが、肉離れをしてしまうと身も蓋もありません。違和感のある時は”思い切ってやめる!!”という判断が必要ですね。
3.まとめ
長くなりましたが、以上が代表的な肉離れのメカニズムと要因です。
「これ自分に当てはまりそうだな…」という要因はありましたか?
要因を正確に明らかにするには筋力計などを用いて測定することが望ましいですが、現実的に使用することは難しいと思います。そこで、練習の中で自分の感覚やジャンプトレーニング、ウエイトトレーニングなどを通して、自己の弱点を見つけることが要因を推定することに役立ちます。
あくまで例ですが、「右脚に比べて左脚のジャンプほうが高く跳べるなぁ」「スクワットは得意やけど、デッドリフトは苦手やなぁ」など、日々の練習から自己の特徴を探ってみてください。
肉離れは複数の要因が複雑に関連しあって発生します。
どれか一つの要因のみに対処するだけで肉離れを完全に予防できるわけではありません。
前途した通り、一度肉離れをしてしまうと再び受傷する確率がかなり高くなります。
そのため、上記の要因それぞれに対して適切に対処し、肉離れの受傷・再受傷を予防する必要があります。
「うん、要因はよくわかった。でもどうやって適切に対処すんねん!?」と思っている皆さん。
次回の川間担当の記事を楽しみにしておいてください( ̄― ̄)
【参考文献】
(1) Arnason, A., Sigurdsson, S. B., Gudmundsson, A., Holme, I., Engebretsen, L., & Bahr, R. (2004). Risk factors for injuries in football. The American journal of sports medicine, 32(1_suppl), 5-16.
(2) Arnason, A., Andersen, T. E., Holme, I., Engebretsen, L., & Bahr, R. (2008). Prevention of hamstring strains in elite soccer: an intervention study. Scandinavian journal of medicine & science in sports, 18(1), 40-48.
(3) Ekstrand, J., Hägglund, M., & Waldén, M. (2011). Injury incidence and injury patterns in professional football: the UEFA injury study. British journal of sports medicine, 45(7), 553-558.
(4) Gabbe, B. J., Bennell, K. L., Finch, C. F., Wajswelner, H., & Orchard, J. W. (2006). Predictors of hamstring injury at the elite level of Australian football. Scandinavian journal of medicine & science in sports, 16(1), 7-13.
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