棒高跳で高く跳ぶための技術は4タイプある!?
みなさん、こんにちは!
順天堂大学の岩川です。
今回は最近読んだ論文を皆さんにシェアしたいと思います!
棒高跳って選手によってさまざまな跳躍スタイルがありますよね!
棒高跳をやっていた人であれば、「あの選手の跳び方が好き」とか「あの選手はなぜあの跳び方であんなに跳べているんだろう」と、思ったことがあるのではないでしょうか?
もっと高く跳ぶために、大前提として「足が速い(助走速度が高い)」ということは欠かせません。
一方で、踏み切り・突っ込みの時には「踏み切りが入る(近い)ことは良くない」のか「低く踏み切ることが良い」のか?
何を目指せばいいのかわからなくなってしまう人も多いと思います。
今日紹介する論文をざっくりと説明すると・・・
「踏み切り(足)位置の近さ・遠さ」や「ポールの曲がりの浅さ・深さ」から、選手の跳躍スタイルを4つのグループに分け、それぞれの特徴を比較してみよう!
という内容です。
この論文を読めば、自分自身の跳躍スタイルが明確になり、今後どのようなトレーニングを計画していくべきか明らかになるかもしれません!
はじめに
近年、ラヴィレニ選手やデュプランティス選手、ケンドリックス選手など、対照的な跳躍スタイルの選手達が高いレベルのパフォーマンスを発揮し、世界記録も立て続けに更新されていますよね。
Hanley et al.(2019) の調査によると、世界トップレベルの選手たちを比較すると、踏み切り・突っ込みの瞬間に技術的な違いがあるようです。
このことから、世界トップレベルの選手たちの間に様々な跳躍スタイルが存在するということが数字からも見えてきました。
そこで本研究では、幅広いレベルの棒高跳選手たちを技術的な特徴ごとに4つのグループに分け、それぞれのグループの特徴を明らかにしました。
方法
本研究では、2012年から2023年にかけて開催された39の国際大会のデータを使用しました。
対象者は23の国にわたる99名の男性棒高跳選手(年齢:24.3±5.4歳, 身長:1.83±0.05m, 体重:76.2±5.7kg)であり、パフォーマンスの範囲は5.00mから6.22mでした。
また、この対象者の中で、5.40m以上の記録を残した選手が52名いました。
この記録は世界のトップ150人以内のパフォーマンスとなる記録であり、世界レベルの選手であるといえます。
そのような選手たちを分類するにあたり、本研究で主に使用された数値は以下の2つの項目です。
a : “Under値”
踏切時点の上グリップと踏切位置の水平距離(cm)
つまり、踏切位置が近いか遠いか?
b : “α角度”
踏切時点とポールが最大に曲がった時点(MPB)における、ポールの上端(プラグがついていない側)の位置を結ぶ線分の水平軸に対する角度(°)
つまり、跳躍の方向が高いか低いか?
”Under値"と”a角度” 2つの数値を基に、棒高跳選手を4つのグループに分けました。
結果として、各グループにおける「ポールの硬さ(flex)、ポールの曲がり、パフォーマンス(記録)」に関して興味深い違いがみえてきました。
結果
各点は選手を表し、同じグループ(C1からC4)に分類されるメンバーは同じ色でグループ化されています。
濃い輪郭の点は、5.40m以上のパフォーマンスを発揮した選手を示しています。
グループの特性
C1(31名)
α角度12°以上、Under -18 cm未満の選手。
比較的高い踏切角度で、踏切位置が近い選手
特徴:硬いポールを使用する選手が多い
C2(27名)
α角度13°以上、Under -18.5 cm以上の選手。
比較的高い踏切角度で、踏切位置が遠めの選手
特徴:ペトロフモデル(長く硬いポールを使い、踏切角度を最大化する技術)に該当
C3(26名)
α角度12.8°未満、Under -16.3 cm未満。
比較的低い踏切角度で、踏切位置が近い選手
特徴:ポールのエネルギー効率を重視
C4(15名)
α角度12.5°未満、Under -8.6 cm以上。
非常に低い踏切角度で、踏切位置が遠い選手
特徴:ポールを強く大きく曲げることを重視
考察では、これら4つのグループの特徴を解説し、グループごとに比較していきます。
【考察】
棒高跳の歴史を遡ってみましょう。
従来の跳躍技術として「できる限り長くて硬いポールを使用する」ために、踏み切りの瞬間には、以下のポイントを抑えることが推奨されています。
・上グリップは踏切足の真上
・ポール角度(踏み切った瞬間のポールと地面のなす角度)を最大にすること(Launder & Gormley, 2007)
この跳躍技術は、元世界記録保持者であるセルゲイ・ブブカ氏のコーチの名にちなみ、ペトロフモデルとして知られています(Petrov, 2004)。
この研究において、ペトロフモデルに該当するグループは、「C2」でした。
「C2」グループの選手たちは、高いα角度(ポールの曲がりが浅い)でUnder値が0に近い(上グリップが踏切足の真上にある)という特徴を持っていました。
また、5.40mを超えたパフォーマンスを発揮した選手において、このグループは他のグループと比較し、より硬い(flex値が低い)ポールを使用していました。
そのため、ポールの曲がりが他のグループと比較して小さかったようです。
ペトロフモデルの目的は、ポールをバーの方向に向けて起こす(立てる)ことです(Launder & Gormley, 2007; Petrov, 2004)。
このモデルは突っ込み時に生じる衝撃を減らし、ポールをすぐ曲げるのではなく、真っ直ぐに起こすことにつながると考えられます。
「C2」と対照的なグループが「C4」です。
「C4」を代表する選手がルノー・ラヴィレニ選手です。
筆者らは、ラヴィレニ選手をはじめとする近年の選手たちが、非常に低い踏切角度で踏み切り、可能な限りポールを大きく曲げ、ポールからの反発力を最大限生かす跳躍スタイルを広めたのではないかと考えています。
「C2」と比較すると、柔らかいポールを使用しており(とはいってもC4全体でflex: 16.0±1.6、5.40m以上の選手は15.1±1.4)、ポールを大きく曲げていました。
この跳躍技術は、ある種の選手にとっては効果的だと考えられますが、ポールが曲がり始めるときには選手は低い位置にいて、かつ水平方向に移動しているため、スウィングから倒立→クリアランスまでの技術が高度化し(難しくなり)、より身体を操る能力が求められると考えられます。
「C1」および「C3」については、どちらもUnder値が負の値(踏切足がボックス側に入っている⦅近い⦆)を示しており、「C1」は高いα角度(ポールの曲がりが小さい)、「C3」は低いα角度(ポールの曲がりが大きい)を示しました。
この研究結果から、これらのグループに属する選手たちは、突っ込みの瞬間に上グリップ側の腕を前方に進め、下グリップ側の腕でポールを押すことでポールを曲げながら踏み切っていることがわかりました。
技術的には、この踏切局面における動作はポールにエネルギーを蓄えることを促進し、ポールを起こす(立てる)のではなく曲げることを目指す場合に適していると考えられます。
しかし、大きな負のUnder値(踏切足がボックス側に大きく入っている⦅近い⦆)で突っ込み動作を行うことは、筋骨格系に高い運動学的な負担がかかり、特に上半身と背面の筋肉群や関節における怪我のリスクを増加させる可能性があるので注意が必要です。
そして、これら4つのグループを発見したことに加えて、この研究において興味深い点があります。
「選手の身体的特性については、身長・体重共にグループ間に統計的な差はみられなかった。」
つまり、技術スタイルによって分けられた4グループと選手の体格には関係性がなかったと考えられます。
“背が高い選手はより高く踏み切り、小さい曲がりで跳ぶような跳躍スタイルを採用するべきだ”
“C4「踏切位置が遠くて、ポールを大きく曲げる選手」は小柄で体重が軽い”
といった固定概念を覆すものでした。
また助走局面における、助走速度やピッチおよび接地時間に関しても、統計的な差はみられませんでした。
まとめ
本研究では、世界トップレベルの選手における跳躍スタイルの多様性が明らかにされました。
そして、対象者全体および5.40m以上を記録したパフォーマンスを分析したところ、4つのグループ全体で同様のパフォーマンスレベルが達成されました。
また、ポールとの相互作用や踏切時の角度など、各選手の跳躍スタイルに応じた最適化がパフォーマンスに大きな影響を与えていることが示されました。
これらの発見は、コーチングにおいても重要になります。
例えば、本研究結果から、各選手の跳躍スタイルにおいて重視する技術に応じて、適したポールの硬さを考え直すことにも繋がります。
さらに、この研究で用いた2つの数値(α角度・Under値)は、トレーニング中および競技会中に測定可能であり、選手がどのグループ分にけられるか特定するためのツールとして用いることが出来ます。
すべての選手が1つの跳躍スタイルを目指すべきであるという考え方は、本研究結果を元にすると、誤っていると言えます。
むしろ、異なる跳躍スタイルから、高いレベルのパフォーマンスを達成できる可能性があるのです。
コーチが、選手の属するグループを適切に把握して、最適なコーチングを提供することで選手の記録を伸ばすことに繋がると考えられます。
最後までお読みいただきありがとうございました!
今回ご紹介した論文の内容を踏まえると、必ずしも「この跳び方が正しい!」とは言えないことがわかりました。
無理に他の選手の跳躍スタイルに合わせる必要はありません。
また、身長や体格によって目指す跳躍スタイルが決まってしまうわけでもないようです。
一方で、「もっと高く跳ぶ」ために高めるべき共通の指標(助走速度)や、共通で抑えておくべき技術の習得には、丁寧に取り組むことが重要です。
その中で、選手とコーチでスタイルについて理解し、話し合い、目標とする跳躍に向けてトレーニングを実践していくことが、求められています。
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